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klarer-himmel13's diary

(旧)図書館の中では走らないでください!から

ミヒャエル・ゾーヴァ展×Living Library in 京都

行ってきました

こんなものがあるけど、どう?というお誘いを受けて、ミヒャエル・ゾーヴァ展に行ってきました。
はじめは気がつかなかったのですけど、「小さな小さな王様」をはじめとする絵本の挿絵から風刺画、そして映画や舞台まで手掛ける画家さんでした。一度はどこかで目にした方も多いでしょう。
まずは、展示会でおなじみのご挨拶。ここでおやっと思いました。この展示会の絵の中に間違いがあるそうです。手のひらサイズの王様や食べ残しのトークショーといったものではなくて、「本物の間違い」があるそうです。ここで一気に観客をゾーヴァの世界に引き込みます。展覧会が素敵なのはもちろん(普段は買わない図録を買ってしまうほど)、展覧会を楽しくさせようという熱が伝わる会でした。
そして、会場を出たところにおなじみの物販コーナーがありますが、そこでこれまたおなじみのポストカードがありました。何気なく手に取ると、「ドイツ直輸入」という言葉が。展示会のために作られたものではないようです。このポストカードはゾーヴァ氏にとって意味のあるものとうことを後で知りました*1
次に向かうは京都大学
Living Library in 京都に参加してきました。会場となった環onにも興味があり、むしろ、そちらに興味がありました。
Living Libraryとは生きているヒトを「本」として貸し出す、というコンセプトのイベントです。私は難民の方、脳性麻痺を持っている方、在日中国人の方をお借りして、それぞれ30分ずつお話をしました。基本的には話を聞くことが大半でしたが、本となられた方々の強さに圧倒されることもありました。
Living Libraryのコンセプトから外れるかもしれませんが、もし、大学図書館などでこのようなイベントをするとしたら、貸し出す本は先生、学生さんでそばに関連する「紙の本」(自らの著作でも好きな本、おススメ本など)を置いて、続きはこちらで、と貸出に繋ぐことができるでしょうか。
人と人のつながりには様々な媒介が存在します。それはウェブによる通信かもしれませんし、本を通じた著者と読者かもしれません。そのような中であえて人と人を直接、対面させるLiving Libraryの試みは特徴的だと思います。*2
環onについては、思ったことがふたつあります。まず、飲食の敷居も低くしてほしかったです。カフェにいるようにお茶でも飲みながら、本を読みたかったかも、という贅沢をひとつ。
そして、Living Libraryの時、環onは確かに知を備えたものでした。しかし、普段はどのように使われているのでしょう?*3

*1:[http://www.1101.com/sowa/index.html:title=ほぼ日刊イトイ新聞-ゾーヴァさんの絵を観に行こう]より。この記事はけっこうおもしろいです。

*2:ところで、各人が本になるということが、授業として成り立つかもしれません。例えば哲学の授業で、自分の研究対象とする哲学者になりきって、あるテーマについて(魂について、など)読み手とコミュニケーションをはかろうとすると(哲学者を代弁する)、けっこうな力がつくかもしれないと思いました。ずいぶん、限定された学問分野ですけど。

*3:HPを見る限り『個人・グループでの学習や研究会での利用を目的とした「話せる図書館」』とあります。また、Living Library時には本の方、それに関係する資料以外の「資料」はありませんでした。